倖田來未のキューティーハニーの振り付けを紹介してます。動画ありです,smap仲居まさひろのこともあり
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倖田來未1 1982(昭和57)年11月13日、京都府出身の歌手で、事務所はエイベックスに所属し、レーベルがrhythm zone。本名は、神田 來未子(こうだ くみこ)。フジテレビ系列のバラエティ番組「クイズ!ヘキサゴンU」の「おバカタレント」としての準レギュラー格の歌手、misono(day after tomorrowの元ボーカル)は実妹。3歳頃から尺八を教えていた祖父と琴を教えていた母親の勧めで、日本舞踊の演者として初舞台を踏んでいる。 倖田が敬愛しているアーティストは、DREAMS COME TRUEと岡本真夜なのだそうだ。そして、歌手に憧れて、芸能界入りを志すきっかけは中学生の時にDREAMS COME TRUEのライブビデオを観たことから、と言われている。 そして、1999(平成11)年、京都精華女子高等学校在学中にテレビ東京で放送していたオーディション番組『ASAYAN』の「モーニング娘。追加メンバーオーディション」において2次審査を通過したが、先行して行われていたエイベックス(エイベックスエンタテインメント)主催のオーディション「avex dream 2000」にて準グランプリを受賞した。しかしながら、この受賞は当初、痩せていないということで落選するはずだったが、面談で「キャラクターがあった」ということで受賞したという経緯があるのだそうだ。これによりエイベックスでレッスンやトレーニングを無償受講できる権利、同社との専属契約権を獲得したのだった。
倖田來未2 倖田は、2000(平成12)年12月6日、現在も所属するエイベックスのrhythm zoneレーベルよりデビューが決定した。日本でのデビューより先行して、アメリカで「KODA」名義でデビュー。そして、1枚目のシングル『TAKE BACK』は全米で先駆けて発売。全米ビルボードダンスポップセールスチャートで初登場20位、最高18位を記録している。更に2枚目のシングル『Trust Your Love』がビルボード総合セールスチャート初登場39位、最高19位を記録した、日本人のチャートインとしては7人目なのだそうで、さらにはダンスポップセールスチャートでは
初登場1位を獲得した。 アメリカでの先行デビューでヒットし、華々しく「凱旋デビュー」を日本で飾る予定だったが、その目論見は大きく外れ、オリコンチャートでは『TAKE BACK』が初登場59位、『Trust Your Love』が初登場18位でスマッシュヒットという結果に終わった。さらに続く3枚目のシングル、4枚目のシングルでも、高い歌唱力や定評のあるダンス力で着実にファンを増やしていったものの、ヒットとはならなかった。このため、当時は音楽番組に出演しない路線をとらざるを得ず、専らクラブなどで歌うこととなった。倖田はその時を振り返り「辛かったけど夜中3時ごろに歌ったりして、声帯が強くなったり度胸が据わったりした。下積み時代に感謝している」と語っている。
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倖田來未3 アメリカでは受け入れられ、日本ではなかなか日の目を見ないに倖田に転機が訪れたのは、2003(平成15)年にゲームメーカーのスクウェア(現・スクウェア・エニックス)から発売されたプレイステーション2用ゲームソフト『ファイナルファンタジーX-2』のテーマ曲で7枚目のシングル『real Emotion/1000の言葉』が採用され、オリコンチャート初登場3位、累計23万枚のヒットとなり、倖田の知名度が急上昇したこと。しかしその後の8枚目のシングル、9枚目のシングルはその勢いに乗れなかった。 一方、倖田は元来太りやすい体質のようで、当時の彼氏の励ましもあり8kgのダイエットに成功したのはこの頃。さらに、10枚目のシングル『Crazy 4 U』がリリースされた頃に、倖田がマスコミから呼ばれる「エロかっこいい」のスタイルが確立された。そして、クリスティーナ・アギレラなどの海外アーティストから大きな影響を受け、露出度の高い服装などがマスメディアによって大きく話題にされ、2004(平成16)年、本人も友情出演した映画『キューティーハニー』の主題歌「キューティーハニー」を収録した11枚目のシングル『LOVE & HONEY』がオリコンチャート初登場4位を記録、久々にオリコンチャートに入った。さらに、13枚目のシングル『奇跡』もトップ10入りを果たすなど、徐々にマスメディアで大きく取り扱われるようになっていった。
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